創作田園地帯 | 楽式論

第一章 一部形式

音楽を分析するために、楽曲をより細かな単位の集まりと見なす。 作曲とは種々の音楽的断片を素材として、 これを並べたり変形したりして一つの作品にまとめ上げる行為であるとする。 すると音楽には必ず何らかの秩序、構造、区切り、順序などが認められなければならない。 この構造を模式的に示したものを音楽形式、 略して楽式と呼ぶ。 英語では musical form、ドイツ語では musikalische Form と呼ぶ。 しかし私は楽式の式は代数学における式、 つまり expression と見なすと応用が効くと考え、 そういう面から音楽形式という言葉よりも楽式という言葉を用いることにする。

さて音楽の形式には様々な形態が存在し、 その最も基礎となるものとして一部形式が挙げられる。

一部形式とは全体として一つのまとまりから成る楽式であり、 それ以上細かく分けてしまうと分析に支障を来すものをいう。 大規模になると更に細かく分割する余地が生じるので、 一部形式は本来的に小さな曲にしか用いられない。 一部形式を記号を用いて、

A

と表記する。文字は別に A でも B でも問題ではなく、 この表記の言わんとする所は この楽式が A と呼ぶ一つの部分から成るということである。

この A のような基礎となる音楽的断片は 一般に楽節(フレーズ)と呼ばれ、 楽節は伝統的に八小節から成るものが正式とされているが、 勿論これに従わなければならない道理はなく、 八小節でない楽節も普通に用いられている。 楽節という言葉を使えば、 要するに一部形式とは一つの楽節のみからなる楽式ということであり、 数学に例えるならば一部形式とは単一の項から成る式、 即ち単項式に当たるといえるだろう。

なお楽節を大楽節と呼び、 更に小さな単位として小楽節(楽句)に分けることもあるが、 意味が曖昧なこともあって本書では説明しない。 同様に最小の音楽的素材として動機(モチーフ)という用語もあるが、 極端な場合は二音という小さな動機も存在し、 楽式の分析としては細かに過ぎるので考慮に入れないことにする。

同一の楽節を繰り返しても一部形式であることに変わりない。 つまり、

A - A

は楽節 A の後に更に同一の楽節 A が追加されていることを示すが、 この楽式も一部形式と呼ぶ。 同じ楽節が繰り返されることを便宜的に、

[ A ]

と書くことにしよう。 ここで [ と ] という記号はその囲まれた中身を反復するという意味である。 楽式の上では反復記号を用いて表していても、 実際の楽譜で反復記号を用いているとは限らない。 楽式として楽節が同一というのは一音符として相違がないという意味ではなく、 音楽的な要素として或いは聴覚上の問題として同等のものであれば 同一の楽節というのである。 尤も二つの楽節に余りに乖離があっては一部形式とは呼べなくなってしまうから、 これも程度問題ではある。

さて楽曲というのは本題となる楽節が突然に奏されるとは限らず、 その前に簡単な前置きを置くことがある。 この前置きは序奏とか導入部とかイントロダクションなどと呼ばれる。 元々序奏というのは合奏や合唱において 歌い出しがずれないようにするためのものであるから、 ゆったりとして静かで単調なものが本来の姿ではある。 けれども元来の役目を離れて純粋に音楽として効果のための序奏も存在し、 その場合は規模が大きくなったり構成が複雑になることもあるだろう。 だが一部形式に限っていうならば序奏は一小節ないし二小節といった短いものである。 いずれにせよ序奏の大小を問わず、 楽式としては序奏部分を省略して考えて差し支えない。

序奏と同様に楽曲の終了に当たって後ろに音符が加えられることがあり、 これを結尾或いはコーダと呼んでいる。 結尾は、エピローグと呼ばれる場合もあるが、 実際の楽曲においては単純なものから非常に巨大で立派なものまで多種多様である。 音楽の発展に連れて結尾の地位は上げられ、 それだけで一つの作品といえるような大規模なものも存在するけれども、 一部形式ではやはり小規模なものが普通である。

楽節と楽節の間に楽曲の流暢さを謀るために 簡単な挿句が入れられることがある。 挿句はエピソード経過句或いは 間奏などと呼ばれることもあり、 楽節間の潤滑剤として簡素で自己主張のないものが良い。 といっても実際には挿句が重要な役割を果たす曲も多い。

ところで一部形式というのは単一の楽節から成るのだから、 挿句を挟む余地などないと思われるかも知れない。 けれども [ A ] のような同一楽節を繰り返す構成を思い出されたい。 二つの A の接続詞として挿句が用いられ得る。 なお楽節間に挿入された句が、 潤滑剤としての役目よりも前楽節の終止感を高めるために用いられている場合は、 小結尾又はコデッタと呼ばれる場合もある。

説明の都合で本章で序奏・挿句・結尾を説明したけれど、 一部形式に限っては、用いられることが少ないし、 これらが重要な役割を担うことも稀であることを特に断っておく。

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制作/創作田園地帯  2002/08/20初出
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