前章まではリート形式を中心に述べてきた。 この辺りで雰囲気を換えて、 本章では変奏曲形式について論じて行きたい。
変奏曲形式とは名の示す通り変奏曲(variations)に用いられる形式である。 変奏曲とはまず主題と呼ばれる素材を示して一旦完全終止した後、 その主題の変奏を次々と奏して行く形態の音楽である。 即興的なものや習作のための曲もあるが、 純粋に芸術的な目的のための曲もある。 変奏曲形式を楽式として示せば、
A - A' - A'' - A'' - A''' …
という風に主題 A に対する変奏が幾つも並んだ形をしている。 変奏の数は決まっていないが、余り少ないと変奏曲という呼称に合わなくなるから、 少なくとも五つぐらいはあるのが普通である。 反対に多いものでは変奏が三十を越えるものも存在する。 変奏が多い時にはダッシュの数で煩雑になってしまうから、 ここでは便宜的に添字を用いることにする。
A1 - A2 - A3 - A4 - A5 - A6
上の例では五つの変奏を持った楽式を示してみた。 最終変奏の後に結尾が続くことがある。 変奏曲形式は文字どおり単一主題の変奏のみで構成されるのであるから、 それだけで充分な統一感を持っているといえる。 けれど更にまとまりを得ようとするならば、 最終変奏の後に主題を再現する。
A1 - A2 - A3 - A4 - A5 - A6 - A1
長い変奏の後の再現が与える効果は大きく、 三部形式のそれより遥かに印象深い。 特に変奏曲の主題は静かで素朴なものが多いから懐かしさに似た感情を表すだろう。 というのも変奏し易いように主題は単純なものが普通だからである。
変奏曲の主題は純粋で素朴なものが良いとされるものの、 余りに短すぎるとそれはそれで変奏のやりようがない。 従って主題はそれ自体が三部形式などのリート形式になっていることがある。 けれどこれも程度問題であり、 長すぎると主題自身に変奏を含んでしまうことになるだろうから、 かえって差し支えが生じてしまうことになってしまう。
変奏曲というのは楽式として見れば特筆すべき特徴は見られず、 畢竟するところ変奏曲の関心事はひとえに変奏の技巧に尽きることとなる。 その技巧を例示するならば、
などが挙げられるだろう。 これらの技法はどれも古典派の変奏に属する。 即ち厳格に主題に基づいて変奏を行うからである。 楽譜上の作業といっても良いだろう。 これが時代とともに変奏の方法は自由奔放になって行く。 主題から動機を取り出して拍子や速度の異なる楽想を次々に展開する変奏は、 このような楽曲は性格変奏曲と呼ばれるが、 ベートーベンによって確立されてロマン派において大きく発展した。 次第に譜面上の制約を離れ、感情の変奏という形にまで変化して行くのである。 ただこのようなものを変奏曲と呼ぶのには少し躊躇してしまうかも知れない。
制作/創作田園地帯
2002/08/20初出
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