創作田園地帯 | 楽式論

第八章 カノン

ここまでは理論上の区分がはっきりした楽式のみを取り扱ってきた。 最初の呈示した部分を反復させたり、 対照となる部分を配置したり展開・変化させ、 多くは主題の再現に至るという楽式を総じて反復形式と呼ぶ。 しかしながら全ての楽曲が明瞭な区分を持つとは限らなし、 そもそもそういった意図とは全く反対に、 次々と織りなす旋律線の交錯に重きを置く楽曲もある。 これらは反復形式の対義語として連続形式と呼ばれているが、 要するに複旋律(ポリフォニー)音楽における音楽形式である。

連続形式は更に定旋律形式と模倣形式に細分することができるが、 本書では模倣形式のみを扱うことにする。 ここで模倣とは特定の旋律又は音型を他声部が繰り返すことで、 他声部に音程音価が正確に保存される厳格な模倣と、比較的自由なものとがある。 模倣そのものは反復形式においても随所で見られる技法であるが、 これが楽式全体を律するようになると即ち模倣形式というのである。 模倣形式の代表はカノンとフーガである。

カノンは多声部音楽の中で最も厳格な模倣に基づく音楽である。 まず第一声部が単独で歌い始め、遅れて第二声部が歌い出す。 その際に第二声部は先行声部を忠実に模倣しているのである。 従って模倣声部は先行声部を始終追いかけ、 途中から自由な進行をするなどということはない。 言葉だけでは分かりにくいだろうから例を示すことにする。

カノンの作例

譜例では上声部の先行声部に対して下声部が一小節だけ遅れている。 模倣旋律が先行旋律からちょうど八度下に配されているので、 このようなカノンは八度の平行カノンと呼ばれている。 最初で遅らせたのだから最後の小節は追行旋律のみになる。 この時、先行声部は休符で埋められることもあるが、 上の譜例のように自由な進行をすることもできる。 また簡単な結尾を持つ場合もある。

できあがったカノンを見ると、とても精巧で難しい印象を受け、 一体全体どうやってカノンを作ったのだろうと思うかも知れない。 けれど上のようなカノンならば対位法を心得ていれば存外に容易である。 まずカノンを模式的に表してみよう。

先行声部:A|B|C|D|
模倣声部:A'|B'|C'|D'

楽譜に先行声部の一小節目として A を作る。 そしてすぐに A を模倣声部の A' へ書き写す。 二小節目は A' を定旋律として対旋律 B を作る。 これは対位法の技術によるが、 どうしても都合が悪い場合はもう一度 A を練り直す。 B ができたら B' へ模倣を行い、更に対旋律 C を作成する。 これを順次行えばカノンが完成するのである。

上の譜例では上声部が先行声部であったが、 もちろん下声部から始まる場合もある。 先行声部と模倣声部が八度差でないものもあり、 これが五度ならば五度の平行カノン、六度ならば六度の平行カノンというのである。 声部の数は少なくとも二声が必要だが、 これより多いものも可能である。 通常は三声ないし四声ぐらいであるが、三十六声という極端な例も過去にはあった。

平行カノンとわざわざ平行を付けるということは、 そうでないカノンも存在するということである。 というのも模倣する際に一定の変形を行うことがあり、 これには例えば次のようなものが挙げられる。

  1. 転回
  2. 逆行
  3. 拡大
  4. 縮小
  5. 逆比例

転回とは模倣する際に転回、即ち上下反転を行うもので、 こういうカノンは転回カノン或いは反行カノンという。 逆行カノンは模倣旋律が先行旋律を後ろから読みとった形になっており、 言うならば先行旋律を逆再生したものを模倣旋律としたものである。 逆行カノンに限っては各声部が同時に演奏を開始するということになる。 転回と逆行を組み合わせた転回逆行カノンというのもあり、 これは先行旋律の楽譜を反対にひっくり返せば ちょうど模倣旋律になるという面白い性質がある。

拡大カノンは先行旋律の音価を一定の比率で長くすることであって、 例えば二倍の拡大を行うということは、先行旋律の八分音符を四分音符に、 四分音符を二部音符にして模倣するのである。 比は二倍とは限らず三倍や四倍などもあり、 反対に一倍より小さい時は縮小カノンと呼ばれる。 拡大や縮小カノンでは先行旋律に対して 模倣旋律が大幅に長くなったり短くなったりする不都合があるから、 そういったことのないように逆比例カノンというのも用いられる。 これは或音価を軸に拡大と縮小を行うことで、 例えば先行旋律の全音符を八分音符に、二分音符を四分音符に、、 四分音符を二部音符に、八分音符を全音符に、というふうに行うのである。

他にも無限カノン、圏状カノン、群カノン、混合カノン、謎カノンなどがあるが、 説明は省略する。 一つ付け加えておくと、 耳に聴いてそれと気付くのはせいぜい平行カノンや転回カノンぐらいであり、 それ以外のものは音楽的な効果を狙ったものというよりも 技巧的・遊戯的な色彩の濃いものである。 しかし転回や拡大その他の手法そのものは カノン以外でも用いられるので研究を要するところであろう。

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制作/創作田園地帯  2002/08/30初出
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