創作田園地帯 | 楽式論

第九章 フーガ

複旋律音楽のもっとも精緻なものにフーガがある。

フーガは対位法手法を用いた音楽における最大の目標の一つであり、 多声部音楽にける作曲のための枠組の代表である。 いわばフーガは楽式を越えた理念であり、 音楽形式として理解したからといってフーガを理解したとは到底考えられない。 フーガ自身が音楽の宇宙であり、そこは様々な星々が煌めく世界なのである。

それを一口に説明することなど土台無理なことであるが、 ここで敢えてその概要を示そうという訳だ。 さてフーガは大まかに次の三部分に分けることができる。

呈示部 - 追迫部 - 終結部

こう分けてみたものの実際のフーガは、 上の区分けに沿って明確な境界を示せる、といった類のものではない。 あくまで概念として分かりやすくするために便宜的な区分を設けただけである。 一見するとソナタ形式に似ていると思うかも知れないが、 またその関連性も無視できないのだけれども、 やはり大きく異なるものである。 言うなれば反復形式の頂点としてソナタ形式があるように、 模倣形式の頂点にフーガが存在しているのである。

まず最初に断っておかなければならないが、 フーガというのは声部の数が常に一定で変わらないのである。 曲を通じて声部の数は終始不変でなければならず、 従ってフーガの楽譜の冒頭には声部の数が明示されている場合も多々ある。 しかも各声部がポリフォニックな進行をしていくのである。 声部の数は曲によって色々であるが、 だいたい三声部から五声部のものが多い。

ソナタ形式と同様にフーガの特徴は呈示部に表れる。 呈示部の役割はその名のとおり主題を呈示することだが、 フーガの主題は単一であり、その呈示の方法に一定の規則が認められる。

四声フーガの場合、まず第一声部で主題がくる。 この主題をドゥックスという。 主題が終われば第二声部が主題を属調で奏で始める。 この属調の主題を応答或いはコメスという。 第二声部が応答している時に第一声部は対位法の手法よる旋律線を奏し、 これを答句と呼んでいる。 応答が終われば第三の声部にドゥックスがくる訳だが、 このとき原則として第二声部は答句が演奏される。 しかし答句は必然ではなくて他の自由な旋律でも構わないし、 答句の終わった第一声部は全くの自由旋律でよいのである。 そして第四声部が応答を始めれば第三声部が答句を始め、 こうなると第一声部と第二声部は自由な対位句を続けていく。 以上が呈示部になるが、全体をまとめると次のようになる。

第一声部:主題(主調)答句自由旋律自由旋律
第二声部:応答(属調)答句自由旋律
第三声部:主題(主調)答句
第四声部:応答(属調)

上記の第一とか第二というのは歌い出す順序であって音高や楽器の種類とは関係ない。 断るまでもないと思うが声部という名前だからといって人声とは限らない。 楽器で奏されることもあれば、楽器と人声の混合の場合もあるのである。 一般に声の順序はフーガの性格を決める上で重要であり、 また音域や音色その他の技術的な理由から慎重に決定される。

呈示部が終われば追迫部で 主題を自由に対位法的技法を駆使して展開する。 一般に追迫部は他の部分に比べてかなり大きく、 そして主題の展開の方法も多種多様である。 ソナタ形式の展開部もそうであったように、 フーガの場合は更にここに技術の粋が集められるのであるから、 この技法を全て網羅することなど不可能である。 各声部が交互に主題を素材としながらも自由に動くし、 転調に富んで様々な調が用いられる。

追迫部で使われる主な技法を挙げるならば、 例えば拡大、縮小、転回、逆行などが適宜使用される。 殊にフーガにおける特徴的な手法としてストレットがある。 これは主題が完全に奏する前に、多くは主題の最初の数音符の後に、 応答が開始するという方法である。 主題の終了の待たずに応答がくると切迫感が高まるため、 特に曲の終盤で多用される。 またこの技巧から追迫部という名が付いているのである。

追迫部の後には終結部であるが、これはいわゆるコーダであり、 主題を再現させて終曲に導くのである。 この部分の構成は自由であるが、 低音に保続音(オルゲンプンクト)が用いられることもままある。

以上がフーガの概要であるが、 このような区分そのものは実は大して重要ではない。 あくまで骨格として上記の様式があるだけで、 より自由で音楽的に構成されているのである。 ただし常に書式は各声部が独立し、対位法的な技巧が随所に発揮されている。 またフーガの主題は単一であるといったが、 二つの主題に基づく二重フーガ、 三つの主題に基づく三重フーガというのもあることを付け加えておく。

フーガはそれ自体で完成した曲であるが、 これを一つの楽式と見なして大胆にも他の楽式の一部分となすという例がある。 一つだけ挙げればソナタ形式の展開部がフーガの形式になっているのである。 そしてフーガのドゥックスがソナタ形式の第一主題、 コメスが第二主題になっているのである。

バッハの「フーガの技法」でフーガのあらゆる可能性が書き尽くされたといわれるが、 フーガの技法はその後も手を換え品を換えて用いられ続けるのである。 特に近現代の音楽に与えた影響という点において、 フーガの与えたものは測り知れず、 ソナタ形式のそれよりも大きかったといえるぐらいである。

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制作/創作田園地帯  2002/08/30初出
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