創作田園地帯 | 和声学

第十一章 和声の配置

構想

作曲というのは非常に複雑で繊細な作業であるから、 無思慮であったり無計画であったりすると、 その作品はとたんにまずいものとなるだろう。

初学者にとって作曲というのは得体の知れぬものに見えて、 一体どこから手を付けて良いものやら分からないといった事態になりがちである。 それは全体的な見通し、構想を立てられないからであろう。 というのも作曲とは見かけ上は楽譜に音符を一つ一つと並べていくのだが、 これまでの流れと同時に、 まだ書かれていない未来に対しても何かしらの方向性を持っていなければならない。 これは絵画のような他の芸術の創作に対しても言えるが、 特に文芸作品との類似点が多い。 つまりどれほどの名文であろうと、 流暢な旋律で美しい和声を奏でようと、 前後が足らなくて全体的なデッサンが狂っていれば元も子もないのである。

楽曲の全体的な構想はしばしば音楽形式とか楽式などと呼ばれるが、 これを研究するのは楽式論の範疇であるからここでは詳しく議論しない。 しかしながら和声を配置していく場合の前提として、 充分な見通しと計画が必要であることを忘れてはならない。

さて大まかな構想が出来たなら次の段階は 具体的に和声や旋律を整えていくことである。 ここで問題となるのは、これは昔から幾度となく議論されてきたが、 和声と旋律のいずれから先に取り掛かるかである。 そもそも和声と旋律を明確に区別できるかどうかも疑わしいのであるが、 仮に両者を分けて考えた場合、 和声を先に作るというのが和声法的な書法といえるだろう。 まずは和声を考えた上で、 旋律はそれに合うように後で付け足されるとする。 反対に対位法の書法では旋律を所与として和声付けを行うことになる。

しかしながら和声を組み立てる際に断片的な旋律、或いは動機、 を考慮しておくことは悪いことではなく、 躍動感ある優れた楽曲のためには寧ろ歓迎すべきことである。 けれども容易に両者が合致するとも限らない。 その時は和声の都合に合わせて旋律の方を柔軟に見当する必要がある。 即ち和声法と対位法は優先順位の違いとも考えられるのである。

和音配置

楽曲は主和音に始まって主和音に終わるのを正格とする。 終曲に際しては完全終止で結ぶのが原則である。 途中は当然ながら数え切れない程の進行が考えられて一概には言えないが、 終止形を常に頭に入れ、節目では効果的な終止によって区切り、 明確で流れを崩さない和声を心がけるのが肝要である。

通常の進行に置いては和声に適当な変化が求められる。 和音を変えるのに適しているのは次の時点である。

  1. 小節の変わり目。
  2. 小節内の拍の境。
  3. 旋律の区切れ。

何小節も同一和音を続けることも可能である。 その場合は強拍から和音が開始することが望ましい。 つまり小節の途中から始まった和音が次の小節まで延長されるのは、 拍子感が不明瞭になるのでよろしくない。 対して小節内で幾度も和音が変わるのは何ら問題ない。 けれども楽曲が始まったばかりから和音が頻繁に変わっては面白くない。

同一和音の中で色彩的な変化をつける代表的な手法は、 非和声音を利用した旋律的修飾である。 特に低音に経過音を用いることは、使用に充分な注意をすると、 劇的な変化を効果を生み出すことができる。 ただし低音は元々ずっしりと構えているものだから、 その動きは静かであるべきであり、 あまり繁栄に動かないようにすると良いかも知れない。

和音連結は楽聖たちの作品から容易に実例が求められるので、 いくつか実際に調べてみるのが良かろうと思う。 限られた和音の中で、 同じ和音でもその使用法によって万華鏡の変化を見せることを、 実感していただきたい。

リズム

音楽の表情を決める大きな要因の一つにリズムがある。 最も基礎的なリズムは拍子である。 これは拍子記号で指示され小節線で区切られるリズムである。 他のリズムとして旋律の動きによって感じられる旋律リズム、 和音が変わることによって感じられる和声リズムがある。

譜例の1は和声リズムと旋律リズムが一致している例、 2は長い和声リズムに対して旋律リズムのみが細かく刻む例、 3は反対に和声リズムの方が細かい例となっている。 それぞれソプラノを旋律と見なすと分かりやすいと思う。 ここには挙げてないが旋律を掛留するなどして、 旋律リズムと和声リズムの区切りをずらすことも出来る。 同じ旋律でも和声リズムが異なるとその表情はがらりと違ったものになる。 楽曲の中では同一旋律に対しても場面に応じて様々なリズムが用いられる。

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制作/創作田園地帯  2001/07/23初出
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